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東京地方裁判所 平成2年(ワ)7264号 判決 1994年10月11日

原告

ニューピス・ホンコン・リミテッド

代表者

王増祥

右訴訟代理人弁護士

水田耕一

右訴訟復代理人弁護士

長谷則彦

被告

田中文雄

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

谷健太郎

被告

新王子製紙株式会社

右代表者代表取締役

千葉一男

右訴訟代理人弁護士

若林茂雄

右訴訟復代理人弁護士

田路至弘

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

岩崎琢弥

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

伊達昭

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

田淵義久

右訴訟代理人弁護士

木村康則

森野嘉郎

右訴訟復代理人弁護士

藤井光太郎

本橋一樹

磯谷文明

被告

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

同前雅弘

右訴訟代理人弁護士

渡辺留吉

高橋郁雄

被告

山一証券株式会社

右代表者代表取締役

行平次雄

右訴訟代理人弁護士

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

安部隆

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金五〇億円及びこれに対する平成二年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告田中文雄の答弁)

1 原告の被告田中文雄に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告新王子製紙株式会社の答弁)

1 原告の被告新王子製紙株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告日興證券株式会社の答弁)

1 原告の被告日興證券株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告野村證券株式会社の答弁)

1 原告の被告野村證券株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告大和証券株式会社の答弁)

1 原告の被告大和証券株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告山一證券株式会社の答弁)

1 原告の被告山一證券株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、香港の法律によって設立され、香港に主たる事務所を有する法人である。

(二) 被告田中文雄(以下「被告田中」という。)は、昭和五二、三年当時、被告新王子製紙株式会社(当時の「王子製紙株式会社」。後に、会社合併に伴い、現在の名称に商号を変更するが、以下、商号変更の前後を問わず「被告王子製紙」と略称する。)の代表取締役であった者である。

(三) 被告日興證券株式会社(以下「被告日興」という。)、被告野村證券株式会社(以下「被告野村」という。)、被告大和証券株式会社(以下「被告大和」という。)及び被告山一證券株式会社(以下「被告山一」という。)は、いずれも、日本を代表する大手証券会社であって、昭和五二、三年当時、香港に現地法人を設立していたものである。

2  被告ら間の共謀ないし意思の連絡

(一) 原告ら香港の投資家は、昭和五二年四月下旬ころから、日本の証券会社の現地法人(実質上の支店)を通じて、被告王子製紙の株式(以下「王子製紙株式」という。)への投資を行った。

被告田中及び被告王子製紙は、被告日興、同野村、同大和及び同山一の四社(以下、右四社を総称する場合または特定を必要としない場合に「被告証券会社ら」ということがある。)がいずれも被告王子製紙の幹事証券会社であるところから、被告証券会社らに対し情報の提供を求め、原告ら香港の投資家による王子製紙株式への投資状況を把握していた。

(二) 被告田中及び被告王子製紙は、原告ら香港の投資家による王子製紙株式の取得が、その発行済株式の約一〇パーセントに達したのを知って、被告田中ら同社経営陣の地位が脅かされるとの不安の念を抱き、同年七月ころから九月ころにかけて、被告証券会社らと対策を協議した。

右協議の結果、被告らは、原告ら香港の投資家によるそれ以上の王子製紙株式の取得を阻止し、もって被告田中ら王子製紙経営陣の地位の安泰を図る必要があるとの共通の認識に達し、あわせて、香港の投資家がその取得した王子製紙株式を手放さざるを得なくなる状況を作ることを目的として、以下の手段を講じることを決定した。

(1) 被告王子製紙は、東京証券取引所に対し、①原告ら香港の投資家が王子製紙株式を大量に取得したこと、②原告代表者が、被告証券会社らを通じて、被告王子製紙にそれらの株式の買い戻しを要求していること、③原告ら香港の投資家が、米国の製紙会社にも、取得した王子製紙株式の一括買い取りの勧誘を行って、被告王子製紙に圧力をかけていること、を報告し、もって同取引所及びその監督官庁である大蔵省をして、同取引所定款五九条三号の「株券を買い集め、その銘柄の株券の大量所有者であることを利用して、その株券の発行会社の関係者に対し、その意に反して、当該株券を有利に売り付けることまたはこれに類似する行為を目的とする者の直接または間接の委託に応じて、その銘柄の株券の買付けまたは買付けの取次ぎを行うこと」(以下「本件定款規定」という。)に該当する事実が発生する可能性があるとの疑念を抱かせる。

(2) 東京証券取引所及び大蔵省は、被告王子製紙の右報告に基づいて、原告ら香港の投資家による王子製紙株式への投資に関与している証券会社(被告証券会社らのほか、和光、日本勧業角丸、新日本、岡三の各証券会社。いずれも、香港に出先の現地法人を有している。)に対し、事情聴取を行うことになるので、その事情聴取の際に、被告証券会社らは、前記被告王子製紙の報告内容に沿う陳述を行って、もって同取引所及び大蔵省の前記疑念を増大させる。

(3) 東京証券取引所及び大蔵省は、本件定款規定に該当する事実の発生する可能性が大きいとの判断に基づき、前記証券会社八社に対し、原告ら香港の投資家との王子製紙株式に関する取引について、本件定款規定に該当する行為をしないよう注意を喚起することになるので、被告証券会社らは、右注意喚起を口実とする「自粛措置」として、原告ら香港の投資家からの王子製紙株式に対する買い注文の取次中止の措置を講じるとともに、和光、日本勧業角丸、新日本及び岡三の各証券会社に働きかけて、同社らをして被告証券会社らに同調する「自粛措置」を採らせる。

(4) 右措置により、原告ら香港の投資家は、王子製紙株式を買い増すことができなくなるので、その状況を利用して、被告王子製紙の属する三井グループの各企業が、王子製紙株式の浮動株ないし三井グループ以外の者の所有する株を買い集め、いわゆる安定株式数の増加を図る。

(5) 以上のように、大蔵省、東京証券取引所を中心として、日本の証券会社八社が一致して香港の投資家による王子製紙株式への投資を拒否する姿勢を示すとともに、原告ら香港の投資家による王子製紙株式の買い増しを不可能にし、他方その状況を利用して三井グループによる王子製紙株式の買い増しを図り、安定株式数の増加を図ることにより、原告ら香港の投資家が王子製紙株式を保有しつづけるメリットを喪失させ、もって原告ら香港の投資家が王子製紙株式を手放さざるを得ない状況を作り出し、原告ら香港の投資家からその取得した王子製紙株式を買い戻すことができるようにする。

3  被告らの実行行為

被告らは、前記の共謀ないし意思の連絡に基づき、以下のとおりの実行行為を行った。

(一) 被告王子製紙は、被告田中の指示に基づき、昭和五二年九月二一日、東京証券取引所に対し、前記2(二)(1)記載のとおりの報告を行い、もって東京証券取引所及び大蔵省に、本件定款規定に該当する事実が発生する可能性があるとの疑念を抱かせた。

(二) 被告証券会社らは、被告王子製紙の右報告に基づいてなされた東京証券取引所及び大蔵省による事情聴取に対し、原告ら香港の投資家が取得した王子製紙株式について、原告代表者から被告証券会社らを通じて被告王子製紙に買い戻しの要求があったこと、及び、原告ら香港の投資家が米国の製紙会社に対しその取得した王子製紙株式の一括買い取りを勧誘して、被告王子製紙に圧力をかけていることを陳述し、被告王子製紙と口裏を合わせることにより、同取引所及び大蔵省の前記疑念を増大させた。

(三) 被告証券会社らは、東京証券取引所及び大蔵省が、前記王子製紙の報告及び被告証券会社らの事情聴取における陳述に基づき、原告ら香港の投資家との王子製紙株式に関する取引につき、香港の投資家の投資の目的は不明確で、相場への影響も大きいとして、本件定款規定に該当する行為をしないよう注意喚起をしたことを口実として、昭和五二年九月末ころ、かねて打合せのとおり、「自粛措置」の名の下に、原告ら香港の投資家からの王子製紙株式に対する買い注文の取次中止の措置を一斉に講じた。

それとともに、被告証券会社らは、東京証券取引所及び大蔵省による右注意喚起をいわば錦の御旗として、和光、日本勧業角丸、新日本及び岡三の各証券会社に働きかけて、同様の「自粛措置」を同時に実行させた(以下、被告証券会社ら及び右各証券会社らによる取次中止の措置を「本件自粛措置」と総称する。)。

4  本件自粛措置後の経緯

(一) 香港の投資家による日本の証券市場への投資は、被告証券会社ら及び和光、日本勧業角丸、新日本及び岡三の各証券会社の計八社が香港に設立している現地法人を通じて、右八社の日本の本社に売買の委託をする方法によって行われるものであるところ、右八社による本件自粛措置の結果、原告ら香港の投資家は、王子製紙株式をそれ以上取得する途を封じられ、王子製紙株式を買い増すことは全く不可能となった。

(二) 原告ら香港の投資家は、本件自粛措置に激しく抗議するとともに、買い注文取次中止の理由を明らかにするよう求め、香港政庁に対してもその調査を要請した。

また、本件自粛措置は、日本及び香港の新聞でも取り上げられ、その措置の不当性について、激しい非難が加えられた。

被告証券会社らは、本件自粛措置に対する非難の報道と、香港政庁が調査を開始したことに驚いて、他の証券会社四社とも協議の上、同措置を解除することとし、右措置の開始から約一か月半経過後、前記証券会社八社は一斉に、その措置を解除した。

(三) 以上の経過を経て、本件自粛措置は解除されたが、その開始から解除までの一か月半の間に、王子製紙株式については、浮動株その他香港の投資家による取得の対象になりうるような株式がほとんど存在しなくなっていた。したがって、本件自粛措置が解除されても、原告ら香港の投資家が王子製紙株式を買い増すことは実質上できなくなっていたのである。

これは、本件自粛措置により、原告ら香港の投資家が王子製紙株式を買い増すことができなくなっている状況を利用して、被告王子製紙の属する三井グループの各企業が、王子製紙株式の浮動株なし三井グループ外の者の有するものを買い集め、いわゆる安定株式数の増加を図った結果にほかならない。

(四) 王子製紙株式につき、右のような状況が形成されたため、原告ら香港の投資家がすでに取得していた王子製紙株式の価値に、次のような影響が生じた。

(1) 株式の価値は、その所有者の持株数が、発行済株式総数中に占める比率(支配力)によって大きく左右される。

原告ら香港の投資家は、当時の日本の法律によって認められていた発行済株式総数の二五%まで、さらには近い将来に予想される持株制限の撤廃後は二五%を超えて、王子製紙株式を取得することを予定していたのであるが、その可能性がなくなったことにより、すでに取得していた王子製紙株式に関して、持株数の増加に伴う価値の増大を期待することができなくなった。

(2) 本件自粛措置が採られていた約一か月半の間に、王子製紙株式については、浮動株はほとんどなくなり、三井グループ等安定株主の保有する安定株式と、原告ら香港の投資家の保有する株式とだけに実質上なってしまったため、証券市場での取引はいわば無いに等しい状況となった。すなわち、王子製紙株式については、市場価格の値上がりを期待することができない状況となったのである。

5  本件自粛措置に起因する王子製紙株式の売却について

(一) 被告らは、当初の目論見どおり、本件自粛措置によって、原告ら香港の投資家において、すでに取得していた王子製紙株式につきもはやこれを手放すほかない状況が形成されたのに乗じて、以下のとおり、原告代表者に対し、原告ら香港の投資家が、その保有する王子製紙株式を売却するよう執拗な働きかけを行った(以下、被告らの原告代表者に対する右売却要請及びその結果としての王子製紙株式買付を総称して「本件買付行為」という。)。

(1) 昭和五三年二月一日、ロサンゼルスに滞在していた原告代表者を、被告日興の外国部長小林忠雄(後の同社副社長)及び被告日興ロサンゼルス支店の田中支店長が訪問して、王子製紙株式を被告日興を通じて売却してほしい旨要請した。

その際、小林は、原告ら香港の投資家による王子製紙株式の買入価額を全部知っている旨、及びその買入価額は、一株あたり平均三六〇円であり、それに通常金利を加えると一株平均三八〇円になる旨を述べたが、これは守秘義務に違反して、原告ら香港の投資家による王子製紙株式の投資状況が、被告ら各証券会社より、被告田中及び被告王子製紙に通報され、かつ被告ら証券会社間でも情報の交換がなされて、被告らによりその全貌が把握されていたことを示すものである。

(2) 同月二月一日、被告野村が香港に設立した現地法人「ノムラ・インターナショナル(ホンコン)リミテッド」(以下「野村香港」という。)の川北厚社長は、米国時間の同日夜中に、ロサンゼルス滞在中の原告代表者に電話をかけてきて、王子製紙株式五〇〇万株ないし一〇〇〇万株を被告野村に売却してほしい旨要請した。

(3) 同年二月五日、被告野村の栗原専務(外国部長)が、ロサンゼルス滞在中の原告代表者に電話をかけてきて、王子製紙株式五〇〇万株ないし一〇〇〇万株を被告野村に売却してほしい旨要請した。

(4) 同年二月二二日、被告日興が香港に設立した現地法人「日興証券アジア株式会社」(以下「日興アジア」という。)の戸井田順一社長が香港の原告事務所に原告代表者を訪ねて、王子製紙株式を被告日興に売却するよう要請した。

(5) 右同日、被告大和が香港に設立した現地法人「大和証券香港有限公司」(以下「大和香港」という。)の山中一郎社長が、香港の原告事務所に原告代表者を訪ねて、王子製紙株式の売却を要請した。

(6) 同年二月二三日、野村香港の川北社長が原告事務所に原告代表者を訪ねて、王子製紙株式を被告野村に売却するよう要請した。

(7) 同年四月一七日、被告野村の田淵節也副社長が、直接、出張中の米国から香港へ来て、栗原専務、野村香港の川北社長とともに、原告事務所に原告代表者を訪ね、王子製紙株式を被告野村を通じて売却するよう要請した。

その際、田淵は、右要請は、三井銀行の小山五郎会長と王子製紙の田中社長の依頼によるものであって、売却される株式は、三井グループが全株引き取ることになる旨述べた。

(8) 同年五月二五日付けの日本経済新聞に、王子製紙の今期経常利益が大幅減益になる旨の記事が掲載されたが、これは被告田中及び被告王子製紙が、新聞社に対し意図的に虚偽の情報を流し、原告代表者に対し、王子製紙株式の保有を継続する意欲を失わせるよう仕組んだものである。

なぜなら、原告が王子製紙株式を手放した後の同年九月二九日付日本経済新聞の王子製紙が一転して増益となる見通しである旨を報ずる記事に照らし、右大幅減益の記事が事実に反する虚偽のものであることは明白だからである。

(二) 原告代表者は、以上のごとき状況に照らし、王子製紙株式の売却要請に応ずるほか途がないものと考えたので、昭和五三年六月一二日、被告王子製紙の主幹事証券会社である被告日興の小林外国部長に電話して、原告の有する王子製紙株式二九三〇万株を、被告日興を通じて売却する旨を伝えた。

売却価格は、さきに昭和五三年二月一日、小林が述べていた原告ら香港の投資家の買入金額一株あたり平均三六〇円に通常金利を加えた価額であるとする一株あたり三八〇円(手数料及び取引税を控除したネットの価額)と決められた。すなわち、原告は、王子製紙株式に投資したことによる利益を全く得ることはできない額で、王子製紙株式を売却することを余儀なくさせられたのである。

(三) 原告代表者は、被告日興の小林外国部長との間において、原告の有する王子製紙株式二九三〇万株を、一株ネット金三八〇円で、同社を通じ売却する旨約束したものである。右の話し合いは、東京と香港との間の電話によってなされた。

しかるところ、小林は、その約一五分後に、原告代表者に対し電話をかけてきて、右二九三〇万株を、被告日興のみでなく、被告野村、同大和、及び同山一を通じても売却することにしてほしいこと、その割合は、被告日興と同野村が各三五%、同大和及び同山一が各一五%であることを告げ、その旨をすでに香港の各社出先に連絡済であると述べた。

その結果、原告による王子製紙株式の売却は、形式的には、被告証券会社らの各香港現地法人を通じて、小林から連絡のあった右割合により、一株あたり金三八二円と金三八三円(手数料及び取引税を控除しない価額)で売却したことになっているのである。右売却代金の合計額は、金一一二億一六七〇万六〇〇〇円である。

原告代表者が被告日興との間において、王子製紙株式売却の約束をしたにもかかわらず、被告日興が他の被告証券会社三社にも、その取引を割り振ったのは異常なことである。しかも、そのような取引の割り振りが、わずか約一五分の間に行われたということは、普通には考えられないことである。

これは、被告らが、被告田中をはじめ、被告王子製紙の経営陣の安泰を図り、あわせて香港の投資家が取得した王子製紙株式を手放さざるをえなくなる状況を作るため、前記の如き共謀ないし意志の連絡のもとに、原告ら香港の投資家による王子製紙株式への投資活動を妨害し、遂にその目的を達したことに対する、被告ら各証券会社への論功行賞として、被告田中ないし被告王子製紙の意向により予め定められていたところに従って、右取引の割り振りがなされたことを示すものである。

原告によって売却された王子製紙株式は、被告野村証券の田淵が原告代表者に述べていたとおり、全株が三井グループに属する会社によって買い取られ、かくして、被告田中ら被告王子製紙の経営陣の地位の安泰が図られたのである。

6  被告らの行為の違法性

(一) 本件自粛措置の違法性

(1) 原告ら香港の投資家は、昭和五二年四月下旬ころから、王子製紙株式に対する投資を行い、同年九月までには、合計約三六〇〇万株を取得した。

当時、外国投資家が取得し得る株数は、当該発行会社の発行済株式総数の二五パーセントまでとされていたが、原告ら香港の投資家が取得した約三六〇〇万株という株数は、被告王子製紙の当時の発行済株式総数二億八二〇〇万株の約一三パーセントに過ぎず、何ら日本の法令に反するものではなかった。

(2) 原告ら香港の投資家は、昭和五二年当時、その取得した王子製紙株式を、被告王子製紙ないしは三井グループに対し、売却する意図は全く有していなかった。

原告ら香港の投資家は、当時の日本法令により外国投資家に許されていた発行済株式総数の二五パーセントまで、王子製紙株式の取得を続けるつもりであったし、さらに、当時の新聞報道において、日本政府が近い将来外国投資家による日本株式取得の制限を撤廃する方針であることが報じられていたことを受けて、制限が撤廃されたときは、二五パーセントを超えて、さらに取得株式数を増やす予定であったのである。

したがって、当時、原告ら香港の投資家は、被告田中なり被告王子製紙なりに対して、その取得した王子製紙株式の買い戻しを要求するはずはなく、直接にも間接にも、王子製紙株式の買い戻しの要求をした事実はないし、被告田中や被告王子製紙などの被告王子製紙関係者に対し、取得した王子製紙株式を売却する意向があることを示すような何らかの行為を行った事実もない。

(3) また、香港法人であるウィン・ウァー・カンパニーが、原告代表者の了承を得て、米国の製紙会社数社に対し、王子製紙株式買い取りの意思の有無を確認する内容の書面を出した事実はあるが、同社と、原告及び原告代表者とは資本的にも経営的にも関係がないし、原告代表者としては、米国の製紙会社の反応を見ることにより、王子製紙株式の国際的評価を知ることができると考えて、右書面を差し出すことに反対しなかったものに過ぎないから、右書面は、もとより原告その他の香港の投資家の意向を示すものではない。

また、右書面には、「秘密」との表示がなされており、受取人が書面の内容及びその受領を秘密にすることが要請されているから、右書面を受け取った米国の製紙業者が被告田中や被告王子製紙に同書面のコピーを見せたり、これを受け取ったことを知らせたりするのは、右要請に背くものである。したがって、ウィン・ウァー・カンパニーにおいても、原告代表者においても、右書面を差し出すことが、被告田中または被告王子製紙に対する何らかの圧力となることを企図したものでないことは明らかである。

(4) 以上のとおりであるから、被告王子製紙が東京証券取引所に対し報告した内容並びに被告証券会社らが東京証券取引所及び大蔵省の事情聴取に際し陳述した内容のうち、

① 原告ら香港の投資家が大量に取得した王子製紙株式の買い戻しを、原告代表者が被告証券会社らを通じて被告王子製紙に要求しているとの点

② 原告ら香港の投資家が米国の製紙会社に対し、その取得した王子製紙株式の一括買い取りを勧誘して、被告王子製紙に圧力をかけているとの点 は、いずれも虚偽の事実を報告ないし陳述したものである。

(5) 被告らは、前記2の記載の共謀ないし意思の連絡に基づき、被告王子製紙が、被告田中の指示に基づいて、東京証券取引所に前記のとおり虚偽の報告をし、また、被告証券会社らが、右報告に基づいて実施された同取引所及び大蔵省の事情聴取に対して前記のとおり虚偽の陳述を行い、もって同取引所及び大蔵省をして、原告ら香港の投資家による王子製紙株式の取引について本件定款規定該当事実の発生を強く懸念させ、その結果なされた同取引所及び大蔵省の注意喚起を口実として、本件自粛措置を行い、もって原告ら香港の投資家による王子製紙株式への投資活動を妨害したものである。

被告らの右一連の行為は、原告の有する日本の株式市場に対する投資活動の自由を侵害するものであり、その違法性は明白である。

(二) 本件買付行為の違法性

(1) 原告代表者に対し、王子製紙株式を売却するようにとの勧誘をしたのは、外形的には被告証券会社らであったが、実質的には発行会社たる被告王子製紙であった。

原告から本件株式の買い取りを企図したのが被告王子製紙自身であり、被告証券会社らの原告代表者に対する前記売却勧誘をなさしめたのも被告王子製紙にほかならないわけであるから、原告代表者に対してなされた執拗な売却勧誘の違法性については、その売却勧誘が発行会社たる被告王子製紙の意思に基づき、その企図を実現するために行われたという点に視点を当てて判断されなければならない。

(2) 被告王子製紙は、その幹事証券会社である被告証券会社らと共謀のうえ、東京証券取引所及び大蔵省に対し、本件定款規定に該当する事実(ないしその疑い)がある旨の虚偽の報告ないし陳述を行うことにより、大蔵省及び東京証券取引所を抱き込み、他の証券会社四社をも同調させた上で、本件自粛措置を実行させたものであり、右自粛措置の違法性については前述したとおりである。

(3) 更に、本件において、本件自粛措置以上に問題なのは、原告ら香港の投資家の照会に対し、同措置を正当化した被告証券会社らの回答である。

イ 被告野村は、野村香港を通じて、昭和五二年一一月一〇日付の書面により、①同社の買い注文取次中止の措置が被告野村の意向によるものであること、②被告野村はその随意の判断に従って注文の引受ないし拒絶を行う権利があること、等を回答した。

ロ 被告大和は、大和香港を通じて、同月一〇月付の書面により、同社の買い注文取次中止の理由が「東京証券取引所の慣行上の問題」であることが判明した旨を回答した。

ハ 被告山一は、本件自粛措置の理由を明らかにしていない。

ニ 被告日興は、日興アジアを通じて、同月一四日付の文書により、要旨以下のとおり回答した。

① 香港の投資家の買い注文の実行は、被告日興が行うが、その注文実行に関して、同被告は日本国の法規の規制を受ける。

② 被告日興は、すべての国内法規を厳格に遵守してすべての取引を行う必要があり、法規に違反していると解釈されるようなあらゆる行為を回避する必要がある。

③ 最近の王子製紙株式の香港での買い注文は、日本の一社の株式の通常の注文数と比較して、単に非常に大きいのみならず、非常に継続的でもあったから、多くの日本投資家や関係者は、こうした注文の背後に特定の目的があるかのような特別の印象を受ける。

④ 東京のそうした状況及び被告日興の上述の立場を考慮して、被告日興は、当該株式の買い注文を当面これ以上受けないという慎重な行動をとる必要があった。

⑤ 以上の被告日興の立場からして、被告日興は、海外投資家が現在保有するか保有することになる王子製紙株式を一括して買い戻すというようなことはできない。

(4) 右回答内容は、あるものは、原告ら香港の投資家に対する強迫ないし恫喝であり、またあるものは虚偽の情報を示して香港の投資家を欺罔するものであった。

イ 被告野村の回答は、「顧客の注文の引受ないし拒絶を随意に行う権利」に基づき、香港の投資家による王子製紙株式の買い注文の受託をいつでも拒絶し得る立場にあることを宣言し、実質的には本件自粛措置が解除されていないことを示したに等しいものであった。

これでは、香港の投資家は、王子製紙株式についての買い注文が受託されるかどうかの保証が何もないことになるから、王子製紙株式に対する投資について、方針や計画を立てることが不可能となる。

その上、右回答にいう「随意の判断に従って注文の引受ないし拒絶を行う権利」は、買い付けの場合に限ったものではないから、香港の投資家が現に所有し、またはその後に取得する王子製紙株式について売り注文を出しても、被告野村がそれを受託しないことがあり得ることを予告するものであった。

ロ 被告大和の回答は、「東京証券取引所の慣行」という正体不明なものを根拠として本件自粛措置を正当化するものであり、原告ら香港の投資家に対し、再び「慣行」の名の下に「自粛措置」が繰り返されるとの不安を与えるものであった。

また、東京証券取引所には右のような「慣行」は存在しなかったから、右回答は、ありもしない「慣行」を根拠に本件自粛措置を正当化し、原告ら香港の投資家を欺罔するものであった。

ハ 被告日興の回答は、日本には本件自粛措置を正当化し得る法規が存在し、その法規に基づいて再び「自粛措置」を行うことができるとの印象を与える点においては強迫であり、自粛措置を正当化できる法規など存在しないのに、あたかも存在するかのように装っている点では詐欺にあたると言うことができる。

更に、同回答は、原告ら香港の投資家が、王子製紙株式について、通常の株式取引に見られる注文数より非常に大きく、かつ継続的な買い注文をするならば、再びその注文を受けないものとすることを予告するとともに、原告ら香港の投資家が現在手持ちのもの及び将来取得するものを含めて、王子製紙株式についての一括売却の注文を受け付けないことを宣言しているのである。

(5) そもそも、株式投資については、公開された市場における自由な売買が保証されていなければならないが、本件自粛措置のごとく株式の売買取引自体を拒絶する場合はもとより、右被告証券会社らの回答に見られるように、特定の株式に対する特定の投資家による投資を制限ないし禁圧する可能性を示唆し、それによって当該投資家に当該株式への投資に関する予測や計画の樹立を不可能にし、もって当該株式を保有する興味を失わせる行為も、株式投資の自由を侵害する違法行為であることは明らかである。

(6) 以上をまとめるならば、被告らは、共謀のうえ、原告ら香港の投資家に対し、王子製紙株式に対する投資を自由に行わせない、ないし、行わせないことができるものであるとの意思を表明し、もって同人らをして、王子製紙株式への投資によっては利益を得ることができないばかりか、その保有を続けるときは売却の可能性をも奪われて莫大な損失を被る危険性があるとの恐怖心を抱かせ、もしくは、そのような錯誤に陥らせ、右のような状態にある同人らに対し、執拗な売却の勧誘を行って、同人らがその保有する王子製紙株式を売却するように仕向けたものであり、このような被告らの行為は、強迫ないし詐欺に該当する。

仮に、強迫ないし詐欺の要件を充たさないとしても、被告らが、王子製紙株式を売却させようとして原告ら香港の投資家に向かってした前記意思表明は、同人らに不安を抱かせ、王子製紙株式を保有することへの興味を喪失させるものとして、正常な商取引において許される限度を超えるものであり、その違法性は明らかである。

7  原告の損害

(一) 原告らの投資目的と被告らによるその認識

(1) 原告ら香港の投資家は、被告王子製紙が民間では日本一の広大な土地を保有する会社であり、したがって王子製紙株式が代表的な含み資産株として一株あたり一四二一円(調査結果)であることに着目し、やがて各上場会社の有する土地の含み益に着目した株価見直しの時期が来れば、王子製紙株式についても大きい値上がりが期待できると考え、あわせて同社の営業成績も良いところから、右株式に対する投資を行ったものである。

(2) 原告ら香港の投資家の王子製紙株式への投資の目的が右の点にあることを、被告らは知っていた。

(二) 原告の損害額について

(1) 日本の証券市場において、含み資産株が人気を集め、一種のブームが起こったのは、昭和六二年であり、王子製紙株式の市場価格も上昇した。そして、それ以後は、高水準の株価を維持して、本件訴訟提起時(平成二年六月一五日)に至ったものである。

(2) 前記原告の投資目的からして、原告は、被告らの一連の不法行為によって王子製紙株式を手放させられることがなければ、同株式の市場価格が最高値である一株二一六〇円の値をつけた平成元年四月まで、ないしは本件訴訟提起時に至るまで、同株式の保有を継続したものである。

また、このことは、原告の投資目的を知っていた被告らにとっても予見可能なことであった。

(3) 原告が王子製紙株式を売却した後、被告王子製紙は三回にわたって無償の新株発行を行ったので、原告が二九三〇万株の王子製紙株式の保有を続けていれば、その保有株式数は、三回目の無償増資が行われた昭和六〇年五月以降、三八九九万八三〇〇株に達することになる。

これに、王子製紙株式が最高値を示した平成元年四月の一株二一六〇円という株価を乗ずれば、右時点における株価の総額は金八四二億三六三二万八〇〇〇円となる。

また、本件訴訟提起の直前である平成二年五月三一日の東京証券取引所における王子製紙株式の終値は金一一九〇円であるから、右価格をもって計算すれば、右時点における株価の総額は金四六四億〇七九七万七〇〇〇円となる。

(4) 前記のとおり、原告は、被告証券会社らに対し、それらの各香港現地法人を通じて、原告保有の王子製紙株式二九三〇万株を合計金一一二億一六七〇万六〇〇〇円で売却したものであるが、原告がもし平成元年四月ないし平成二年五月末の時点まで王子製紙株式の保有を続けていて、同時点で売却していれば、前項記載の価額と右現実の売却価額の差額である金七三〇億一九六二万二〇〇〇円ないし金三五一億九一二七万円を入手できていたものである。

右差額は、被告らの前記共同不法行為によって、原告が被った損害(逸失利益)であるから、被告らにおいて、各自原告に対し右損害を賠償すべき義務を負う。

8  まとめ

よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求として、前記の損害額七三〇億一九六二万二〇〇〇円または金三五一億九一二七万一〇〇〇円の一部である金五〇億円の賠償を求め、あわせてこれに対する不法行為の日の後である平成二年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告田中及び被告王子製紙の認否)

1 請求原因1のうち、(一)記載の事実は不知、その余は認める。

2 同2(一)記載の事実のうち、原告ら香港の投資家の投資状況については不知、被告証券会社らが被告王子製紙の幹事証券会社であることは認め、その余は否認する。

同2(二)記載の事実は全て否認する。

3 同3のうち、(一)記載の事実は否認し、その余は不知。

4 同4(一)記載の事実は不知。

同4(二)のうち、証券会社八社による自粛措置について新聞報道がなされたことは認め、その余は不知。

同4(三)のうち、本件自粛措置の解除については不知、その余の事実は否認し、主張は争う。

同4(四)記載の事実は否認し、主張は争う。

5 同5(一)のうち、柱書記載の事実は否認し、(1)ないし(7)記載の事実は不知、(8)については、原告主張の新聞報道がなされたことは認めるが、その余は否認する。

同5(二)記載の事実のうち、原告が王子製紙株式の売却を余儀なくされたとの点は否認し、その余は不知。

同5(三)記載の事実は否認し、主張は争う。

6 同6(一)(1)記載の事実は不知。

同6(一)(2)のうち、原告の内心の意図については不知、その余は否認する。

同6(一)(3)のうち、当該書面の内容については認め、その余は不知。

同6(一)(4)のうち、被告田中及び被告王子製紙に関する事実は否認し、その余は不知。

同6(一)(5)の主張は争う。

同6(二)の主張は争う。

7 同7(一)のうち、(1)記載の事実は不知、(2)記載の事実は否認する。

同7(二)の主張は争う。

(被告日興の認否)

1 請求原因1記載の事実は概ね認める。

2 同2(一)のうち、原告ら香港の投資家の投資状況に関しては、日興アジアにおいて、昭和五二年四月中から、香港現地顧客の注文により王子製紙株式の売買委託取引を行った事実は認めるが、右取引と原告との関係及び他の証券会社との取引の有無については不知。被告証券会社らが被告王子製紙の幹事証券会社であることは認めるが、その余は否認する。

同2(二)記載の事実は全て否認する。

3 同3記載の事実は全て否認する。

4 同4(一)のうち、本件自粛措置によって、香港の投資家による王子製紙株式買い増しが一時的に不可能となったことは認めるが、その余は否認する。

同4(二)のうち、香港の投資家が証券会社八社による王子製紙株式の買い注文取次中止の措置に激しく抗議し、理由を明らかにするよう求めたこと、及び、これにつき新聞でも取り上げられたことはいずれも認めるが、右香港の投資家の中に原告が加わっていたこと及び香港の新聞報道の有無については不知、新聞の論調については争う。また、被告日興が、昭和五二年一一月中旬ころ、買い注文の承諾を行わない措置を解除したことは認めるが、その原因については否認し、その他の被告証券会社らが措置を解除した事情については不知。

同4(三)記載の事実は不知。

同4(四)のうち、本件自粛措置期間中に王子製紙株式について浮動株がほとんどなくなったこと、証券市場での取引はいわば無いに等しい状況になったこと、及び王子製紙株式については市場価格の値上がりを期待できない状況になったことはいずれも否認し、香港の投資家の内心の目論見・予定について不知、主張は争う。

5 同5(一)のうち、(1)については、昭和五三年二月一日、被告日興の国際営業部長であった小林忠雄と、現地法人日興證券インターナショナル株式会社ロサンゼルス支店長の田中修が、ロサンゼルス滞在中の原告代表者を尋ね、香港投資家所有の王子製紙株式を被告日興を通じ売却して欲しい旨要請したことを認め、その余は否認する。(4)については、(1)記載の小林の会見の後、日興アジアの総支配人戸井田が、香港在の原告代表者を訪ね、重ねて王子製紙株式売却を要請した事実は認める。その余の同5(一)記載事実は不知。

同5(二)のうち、昭和五三年六月一二日に至り、被告日興の小林国際部長が、原告代表者から、香港の投資家所有の王子製紙株式二九三〇万株を一株あたり三八〇円(手数料及び有価証券取引税を控除したネット価額)で、原告名義の口座を開設した上、売却するとの委託を受けた事実は認めるが、右価格は当時の市場価格を基準に売買媒介取引が許容される範囲内のものとして合意されたものであり、これに反する記載事実は、「売却することを余儀なくさせられた」との点を含め、否認する。

同5(三)のうち、原告代表者と被告日興の小林国際部長との間で、香港投資家所有の王子製紙株式売却委託取引についての約束がいったん電話でなされた後、小林から改めて原告代表者に架電して、被告日興、同野村、同大和、同山一の四社に原告主張の割合に分けて受注させてほしい旨を申し入れ、原告代表者がこれを承諾した事実は認めるが、右経緯が「異常」であるとする主張は争う。右売却にかかる王子製紙株式が全て三井グループに属する会社によって買い取られたとの点については、同旨のインタビュー記事が存在することは認め、事実は不知。

6 同6(一)(1)のうち、香港の投資家の王子製紙株式取得状況については認めるが、右香港の投資家の中に原告ないし原告代表者が含まれていたかどうかは不知。外国投資家の取得制限に関する記載事実は認めるが、「何ら日本の法令に反するものでなかった」との主張が、「證券取引法上、何らの問題、疑問点もない」との趣旨であれば争う。

同6(一)(2)及び(3)記載の事実はいずれも不知。

同6(一)(4)のうち、被告日興に関する事実は否認し、その余は不知。

同6(一)(5)記載の事実は否認し、主張は争う。

同6(二)のうち、(3)ニ記載の事実は認めるが、その余の(3)記載事実は不知、主張は争う。

7 同7(一)のうち、(1)記載の事実は不知、(2)記載の事実は否認する。

同7(二)の主張は争う。

(被告野村の認否)

1 請求原因1記載の事実は概ね認める。

2 同2(一)のうち、香港現地顧客が昭和五二年五月ころから、野村香港を通じて王子製紙株式の買い付けをした事実及び被告証券会社らが被告王子製紙の幹事証券会社であることは認めるが、被告野村が同田中及び同王子製紙に対し情報を提供したとの点は否認し、その余は、香港現地顧客の前記買い付けと原告との関係の有無を含め、不知。

同2(二)記載の事実はすべて否認する。

3 同3(一)記載の事実は不知。

同3(二)のうち、被告野村の関する部分は否認し、その余は不知。

同3(三)のうち、被告野村が、昭和五二年九月ころ、香港の投資家からの王子製紙株式の買い注文に応じない自粛措置を取ったことは認めるが、その余の記載事実については、被告野村に関する部分は否認し、その余は不知。

4 同4(一)のうち、本件自粛措置によって、香港の投資家による王子製紙株式買い増しが一時的に不可能となったことは認めるが、その余は否認する。

同4(二)のうち、本件自粛措置が約一か月半後に解除されたことは認めるが、被告証券会社らが右措置を解除した原因については否認し、その余は不知。

同4(三)のうち、本件自粛措置解除後も原告ら香港の投資家が王子製紙株式を買い増すことは実質上不可能であったとの点は否認し、その余は不知。

同4(四)のうち、香港の投資家の内心については不知、その余の事実は否認し、主張は争う。

5 同5(一)のうち、柱書については、被告野村に関する部分を否認し、その余は不知。(2)及び(3)については、「五〇〇万株ないし一〇〇〇万株を被告野村に」の部分を否認し(株数は述べていないし、被告野村を通じて売却するよう要請したものである。)、その余は認める。(6)については、「被告野村に」との部分を否認し(被告野村を通じて売却するよう要請したものである。)、その余は認める。(7)記載の事実は認める。その余の同5(一)記載事実はいずれも不知。

同5(二)のうち、「原告は、王子製紙株式に投資したことによる利益を全く得ることのできない額で、王子製紙株式を売却することを余儀なくされた」との点は否認し、その余は不知。

同5(三)のうち、野村香港が、原告の依頼により、一株当たり金三八二円と金三八三円(手数料及び取引税を控除しない価額)で、原告所有の王子製紙株式の三五パーセントの売却の媒介をしたことは認めるが、右媒介取引を被告証券会社らに割り振ったことが「論功行賞」であるとの主張は否認し、その余は不知。

6 同6(一)(1)のうち、外国投資家の取得制限に関する記載事実は認め、「何ら日本の法令に反するものでなかった」との部分は否認し、その余は不知。

同6(一)(2)及び(3)記載の事実はいずれも不知。

同6(一)(4)のうち、被告野村に関する事実は否認し、その余は不知。

同6(一)(5)記載の事実は否認し、主張は争う。

同6(二)のうち、(3)イ記載の事実は認めるが、その余の(3)記載事実は不知、主張は争う。

7 同7(一)のうち、(1)記載の事実は不知、(2)記載の事実については、被告野村に関する部分を否認し、その余は不知。

同7(二)のうち、原告の逸失利益に関する事実は否認し、その余は不知。

(被告大和の認否)

1 請求原因1記載の事実は概ね認める。

2 同2(一)のうち、昭和五三年六月一二日以降、原告が大和香港を通じて王子製紙株式への投資を行った事実及び被告証券会社らが被告王子製紙の幹事証券会社であることは認めるが、日本の他の証券会社の香港にある出先機関との取引については不知、その余は否認する。

同2(二)記載の事実は全て否認する。

3 同3記載の事実はいずれも否認する。

4 同4(一)のうち、本件自粛措置によって、香港の投資家による王子製紙株式買い増しが一時的に不可能となったことは認めるが、その余は否認する。

同4(二)のうち、香港の投資家が証券会社八社による王子製紙株式の買い注文取次中止の措置に激しく抗議したこと、右措置につき日本の新聞でも取り上げられたこと、及び右措置の開始から約一か月半後に、被告大和が右措置を解除したことはいずれも認めるが、右香港の投資家の中に原告が加わっていたこと、香港の新聞報道の有無及び被告大和以外の被告証券会社らが措置を解除した事情については不知、その余は否認する。

同4(三)記載の事実は不知。

同4(四)のうち、柱書記載の事実、香港投資家が既に取得していた王子製紙株式に関して、持株数の増加に伴う価値の増大を期待することができなくなっていたとの点、及び本件自粛措置期間中に王子製紙株式については市場価格の値上がりを期待できない状況となったとの点についてはいずれも否認し、その余は不知。

5 同5(一)のうち、柱書、(1)及び(5)記載の事実はいずれも否認し、その余は不知。

同5(二)記載の事実は不知。

同5(三)のうち、大和香港が、原告の依託を受けて、四三九万五〇〇〇株を一株当たり金三八二円と金三八三円で売却したことは認めるが、原告代表者と被告日興の小林との交渉経過及び原告の売却した王子製紙株式がすべて三井グループに属する会社によって買い取られたとの点は不知、その余は否認する。

6 同6(一)(1)のうち、香港投資家による王子製紙株式の取得状況については認め、その余は、原告による取得の有無の点を含め、不知。

同6(一)(2)及び(3)記載の事実はいずれも不知。

同6(一)(4)のうち、被告大和に関する事実は否認し、その余は不知。

同6(一)(5)記載の事実は否認し、主張は争う。

同6(二)のうち、(3)ロ記載の事実は認めるが、その余の(3)記載事実は不知、主張は争う。

7 同7(一)のうち、(1)記載の事実は不知、(2)記載の事実は否認する。

同7(二)の主張は争う。

(被告山一の認否)

1 請求原因1記載の事実は概ね認める。

2 同2(一)のうち、原告と山一香港とが昭和五二年四月下旬ころから取引をしていたとの事実は否認する。被告証券会社らが被告王子製紙の幹事証券会社であることは認めるが、原告と他社との取引については不知、その余は否認する。

同2(二)記載の事実はすべて否認する。

3 同3記載の事実はいずれも否認する。

4 同4(一)記載の事実は否認する。

同4(二)のうち、被告山一の自粛措置が一時的な措置であったこと、自粛措置とその解除について日本の新聞で報道されたことは認めるが、香港の事情については不知、その余は否認する。

同4(三)記載の事実は不知。

同4(四)のうち、王子製紙株式の価値に関する事実は否認し、原告ら香港の投資家の王子製紙株式の買い付けの予定については不知。

5 同5(一)のうち、柱書記載の事実は否認し、その余は不知。

同5(二)のうち、原告が王子製紙株式による利益を全く得ることができなかったとの点は否認し、その余は不知。

同5(三)のうち、被告日興から話を受けて、山一香港が、原告の依頼で、昭和五三年六月一二日、一株あたり金三八二円と金三八三円で、王子製紙株式四三九万五〇〇〇株を売り付けた事実は認めるが、その余は不知。

6 同6(一)(1)ないし(3)記載の事実はいずれも不知。

同6(一)(4)のうち、被告山一に関する事実は否認し、その余は不知。

同6(一)(5)記載の事実は否認し、主張は争う。

同6(二)のうち、(3)ハ記載の事実は認めるが、その余の(3)記載事実は不知、主張は争う。

7 同7(一)のうち、(1)記載の事実は不知、(2)記載の事実は否認する。

同7(二)の主張は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  本件の経緯として、以下の事実を認めることができる。

1  原告代表者である王増祥(以下「原告代表者」という。)は、香港在住の大資産家であり、投資顧問会社である原告を経営し、国際的な規模での投資事業を営んできた者である。(甲二の1、3、一三ないし一七、一八の2、一九、二〇の2、二一ないし二四、二五の2、二八、五六、五八、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

2  昭和五二年三月末ころ、日興アジアの従業員である山高博昭から推奨を受けたのを契機として、原告代表者は、王子製紙株式に興味を持つようになり、同年四月ないし五月ころ、同株式への大量投資を決意した。

当時、日本では、外国投資家が取得し得る株数は、投資家一人あたり当該発行会社の発行済株式総数の一〇パーセントまで、外国投資家総計で二五パーセントまでという制限があったので、原告代表者は、知人である香港の資産家数名を誘い、共同して王子製紙株式への投資を行うこととし、結局、原告代表者ほか四名の香港在住の資産家(以下「原告代表者ら」という。)が、原告ないし原告代表者を窓口として、王子製紙株式への大量投資を行うことになった。

そして、以後、原告代表者らは、被告証券会社らを含む日本の証券会社が香港に設立した現地法人を通じて、王子製紙株式に対する集中的な投資活動を行い、同年九月の段階では、合計約三六〇〇万株(発行済株式総数の約一三パーセント)を取得するに至った。(甲二七、二九、五八、弁論の全趣旨。なお、原告代表者らが右王子製紙株式取得のために使用した各証券会社現地法人の口座名義は様々であり、原告代表者の妻名義の口座等を利用したことが窺えるが、本件株式の実質的取得者が原告代表者らであることは疑い得ないところである。)

3  香港の法人であるウィン・ウァー・カンパニーは、原告代表者の了解を得た上で、米国の製紙会社に対し、同年七月二七日付けで、王子製紙株式五〇〇〇万株ないし六五〇〇万株の一括買い取りを行う意思の有無を照会する文書を送付した。

右米国の製紙会社は、同年八月ころ、被告王子製紙に対し、右照会があった事実を報告した。(乙B一、弁論の全趣旨)

4  同年五月から七月にかけて、日本国内においても、王子製紙株式について香港の投資家による大量投機の動きがある旨の報道がなされていた。(乙B二ないし九)

5  以上のような状況の中、被告王子製紙は、同年九月下旬ころ、東京証券取引所に対し、以下のような内容の報告を行った。(甲六の四、弁論の全趣旨)

(一)  昭和五二年五月ころより、王子製紙株式に対し、香港の投資家から大量の買いが入りはじめ、株価が上昇したこと

(二)  各証券会社の情報によれば、この投資家は原告代表者を中心とするグループであって、取得株数は三〇〇〇万株以上と思われること

(三)  米国の製紙会社からの情報では、原告代表者らのグループは、被告王子製紙に関する調査レポートを添えて、同社を含む複数の米国の製紙業者に対し、王子製紙株式の一括買い取りを勧誘していること

6  被告王子製紙からの報告を受けた東京証券取引所は、右報告内容を、監督官庁である大蔵省証券局に更に報告した。

大蔵省証券局では、香港グループの株の売買は漠然として不明確だし、相場へ与える影響も大きいと考えたので、直ちに、香港に支店や現地法人を有する証券会社八社(被告証券会社らのほか、和光、日本勧業角丸、新日本及び岡三の各証券会社)の担当者を呼んで事情を聴取するとともに、注意を喚起した。(甲二の1、2、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

7  右注意喚起を受けた証券会社八社は、いずれも、当面、原告代表者らによる王子製紙株式の買い注文の取次を自粛するのが相当であると判断したうえ、各証券会社の香港現地法人に対し、王子製紙株式の買い注文取次中止の指示を行った。

これを受けて、証券会社八社の各香港現地法人は、同年九月二九日ないし一〇月一日にかけて、原告代表者らに対し、王子製紙株式の買い注文を引き受けないとする本件自粛措置を通告、これにより、原告代表者らは、右措置が解除されるまでの間、王子製紙株式を買い増すことができなくなり、計画変更のやむなきに至った。(甲二の1ないし3、三一、三二、三四の1ないし5、五八、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

8  原告代表者らは、直ちに、証券会社八社の各現地法人に対し、文書で、本件自粛措置実施の理由を問い合わせるとともに、抗議を行った。(甲三四の1ないし5、三五、五八、弁論の全趣旨)

9  各証券会社は、同年一一月中ころ、本件自粛措置を解除することを決定し、各証券会社の香港現地法人を通じて、原告代表者らに対し、右解除の通知を兼ねて、本件自粛措置実施の理由を示す回答書を送付した。

本件自粛措置実施の理由についての被告山一を除くその余の被告証券会社らの回答は以下のようなものであった。(甲四一ないし四四、弁論の全趣旨)

(一)  被告野村について

(1) 同社の買い注文取次中止の措置は被告野村の意向によるものである。

(2) 被告野村はその随意の判断に従って注文の引受ないし拒絶を行う権利がある。

(二)  被告大和について

同社の買い注文取次中止の理由は「東京証券取引所の慣行上の問題」である。

(三)  被告日興について

(1) 香港の投資家の買い注文の実行は、被告日興が行うが、その注文実行に関して、同被告は日本国の法規の規制を受ける。

(2) 被告日興は、すべての国内法規を厳格に遵守してすべての取引を行う必要があり、法規に違反していると解釈されるようなあらゆる行為を回避する必要がある。

(3) 最近の王子製紙株式の香港での買い注文は、日本の一社の株式の通常の注文数と比較して、単に非常に大きいのみならず、非常に継続的でもあったから、多くの日本投資家や関係者は、こうした注文の背後に特定の目的があるかのような特別の印象を受ける。

(4) 東京のそうした状況及び被告日興の上述の立場を考慮して、被告日興は、当該株式の買い注文を当面これ以上受けないという慎重な行動をとる必要があった。

(5) 以上の被告日興の立場からして、被告日興は、海外投資家が現在保有するか保有することになる王子製紙株式を一括して買い戻すというようなことはできない。

10  その後、被告日興及び被告野村は、原告代表者に対し、同人らが取得していた王子製紙株式について、以下のような売却要請を行った。(甲五八、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

(一)  昭和五三年二月一日、ロサンゼルスに滞在していた原告代表者を、被告日興の国際部長小林忠雄(以下「小林」という。)及び日興證券インターナショナル株式会社のロサンゼルス支店長田中修が訪問、王子製紙株式を被告日興を通じて売却してほしい旨要請した。

(二)  同年二月一日、野村香港の川北社長は、米国時間の同日夜中に、ロサンゼルス滞在中の原告代表者に電話をかけ、王子製紙株式を被告野村を通じて売却してほしい旨要請した。

(三)  同年二月五日、被告野村の栗原専務(外国部長)が、ロサンゼルス滞在中の原告代表者に電話をかけ、王子製紙株式を被告野村を通じて売却してほしい旨要請した。

(四)  同年二月二二日、日興アジアの戸井田社長が香港の原告事務所に原告代表者を訪ねて、王子製紙株式を被告日興を通じて売却するよう要請した。

(五)  同年二月二三日、野村香港の川北社長が原告事務所に原告代表者を訪ねて、王子製紙株式を被告野村を通じて売却するよう要請した。

(六)  同年四月一七日、米国へ出張中であった被告野村の田淵節也副社長が、直接米国から香港へ来て、栗原専務、野村香港の川北社長とともに、原告事務所に原告代表者を訪ね、王子製紙株式を被告野村を通じて売却するよう要請した。

その際、田淵は、右要請は、三井銀行の小山五郎会長と王子製紙の田中社長の依頼によるものであって、売却される株式は、三井グループが全株引き取ることになる旨を述べた。

11  同年五月二五日付の日本経済新聞に、王子製紙の今期経常利益が大幅減益になる旨の記事が記載された。(甲五二)

12  原告代表者は、同年六月一二日、被告王子製紙の主幹事証券会社である被告日興の小林に、電話で、原告の有する王子製紙株式二九三〇万株を、同社を通じて売却する旨を伝えた。

右電話の中で、売却価格は、原告ら香港の投資家の買入金額一株あたり平均三六〇円に通常金利を加えた価額である一株あたり三八〇円(手数料及び取引税を控除したネットの価額)と決められた。

なお、同日の東京証券取引所における王子製紙株式の単価は、高値が三七三円、安値が三六八円であった。(甲三三、五八、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

13  しかし、小林は、その約一五分後に、原告代表者に架電し、右二九三〇万株を、被告日興のみでなく、被告野村、同大和、及び同山一をも通じて売却することにしてほしいこと、その割合は、被告日興と同野村が各三五%、同大和及び同山一が各一五%であることを申し出て、原告代表者の同意を得た。

その結果、原告は、その保有する王子製紙株式二九三〇万株を、被告証券会社らの各香港現地法人を通じて、小林から連絡のあった右割合により、一株あたり金三八二円と金三八三円(手数料及び取引税を控除しない価額)で売却することになった(以下「本件売却」という。)。

右売却代金の総額は、金一一二億一六七〇万六〇〇〇円である。(甲三の1ないし4、五八、証人小林忠雄、弁論の全趣旨)

14  同年九月二九日付の日本経済新聞には、王子製紙が一転して増益となる見通しであることを報ずる記事が掲載された。(甲五三)

15  その後、一〇年以上を経た平成元年三月二〇日付日経産業新聞に、被告王子製紙の元社長である被告田中のインタビュー記事が掲載された。

同記事の中には、被告田中の談話として、昭和五二年ころ、被告王子製紙が原告代表者らによる株の買い占めを受け、原告代表者らが被告王子製紙に対し株の高値買い戻しを要求してきたが、被告田中が屈しなかったため、結局、原告代表者らは諦めて王子製紙株式を手放した旨が記載されている。(甲一の4)

二  原告は、本件自粛措置がなされた結果、保有してきた王子製紙株式を売却せざるを得なかったと主張し、右売却と本件自粛措置との間に相当因果関係がある旨を主張する。

本件自粛措置と本件売却との間の相当因果関係の有無については後に検討するが、以下では、まず、その前提としての本件自粛措置の違法性について検討する。

1  有価証券市場における取引を希望する顧客は、当該有価証券市場を開設する証券取引所の会員たる証券会社を介して取引を行う以外に方法がないこと(証券取引法一〇七条、九〇条)及び証券業が公益性を有する免許事業とされていること(同法二八条、三一条など)に照らせば、証券取引は本来投資家各人の自由な経済判断に委ねられるべきものと言うべく、証券会社は、正当な理由のない限り、顧客の注文を拒絶する権利を有しないと解するのが相当であって、証券会社の「随意の判断」による契約締結ないし拒絶の自由があるとの考え方(被告野村)を支持することはできない。

本件において、同時期に一斉に証券会社各社が自粛措置を実施していることからすると、厳密な意味での共謀までは認められないにしても、被告証券会社らが、自社のみならず他社も同様に自粛措置を行うであろうとの共通認識の下に行動していたことは十分に推認できるところである。そうだとすると、被告証券会社らは、自らの自粛措置が原告代表者らの王子製紙株式への投資手段を一時的にせよ完全に封殺してしまう結果になることを十分に認識しつつ、同措置に踏み切ったものと言わざるを得ないから、かかる結果をもたらす本件自粛措置が正当化されるのは、原告代表者らによる王子製紙株式買い付けを放置することによって、東京証券取引所定款五九条三号所定の事実、具体的には、原告代表者らが、被告王子製紙に対し、その買い付けた大量の王子製紙株式の一括買い取りを要求する意図(以下「買い取り強要の意図」という。)をもって、同株式の大量買い付けを行っていたとの事実が認められるなど、被告証券会社らとして看過し得ないような違法な事態が生じる可能性が現に存在する場合でなければならないと考えられる。

しかし、本件において、原告代表者らが右のような意図を有していたことを裏付ける的確な証拠はなく、かえって、証拠(甲二の三、五八、証人小林忠雄)によれば、原告代表者らは買い取り強要の意図を有しなかったものと認めるのが相当であるから、客観的に見て、当時、本件自粛措置を正当化すべき事情は存在しなかったものと言わざるを得ないところである。(なお、前記のとおり、原告代表者らの意を受けた香港法人が米国の製紙会社に一括買い取りの可否を打診した事実は認められるが、右事実を根拠として、直ちに、原告代表者らにおいて買い取り強要の意図を有していたものと推認することは無理があると言わざるを得ないし、発行会社以外の者に一括買い取りを打診する行為自体は本件定款規定に該当するものではない。)

2  ところで、被告証券会社らによる本件自粛措置は、監督官庁である大蔵省証券局の「注意喚起」の措置(以下「本件注意喚起」という。)を契機として行われたものであることから、本件定款規定に該当すべき事実の存在自体が認められなくとも、被告証券会社らが、本件注意喚起に従い、右事実の有無を確認する時間を得るための慎重な措置として、本件自粛措置に踏み切ったことも、日本国内の規制法規を遵守すべき証券会社の姿勢としては、やむを得ないところであったと言えるのでないかとの指摘(被告日興)は、一応、考えられるところである。

しかし、本件注意喚起は、被告証券会社らに対し、何らかの措置を採ることを法的に義務づけるものではなかったと考えられるから、結局、本件自粛措置は被告証券会社らの自主的な判断によるものと見るほかはないし、他方、外国投資家の事情に明るい被告証券会社らにおいて、原告代表者らが買い取り強要の意図を有しないことを十分に認識していたことは容易に推認できる(仮に、被告証券会社ら自身が認識していなかったとしても、各香港現地法人に問い合わせれば、容易に知り得たはずである。)から、本件注意喚起の存在をもってしても、一か月半にも及ぶ本件自粛措置を正当化することは困難であると言わなければならない。

ただ、証券会社の監督官庁にあたる大蔵省証券局が行った注意喚起であることを考慮すると、本件注意喚起が法的な義務を伴うものでないとしても、同局の意向を汲んだ形で、本件自粛措置に踏み切らざるを得なかった被告証券会社らの立場も理解できないわけではないが、そのことによって、顧客の投資の自由を制限することが正当化されるわけではない(むしろ、被告証券会社らとしては、自己の有する情報を同局に開示して、同局の懸念を解消すべきであったと見ることができる。)から、結局、本件自粛措置は、証券会社の顧客に対する買付受託の義務に違反する可能性が大きいと言わざるを得ない(なお、後記のとおり、原告は、本件自粛措置によって王子製紙株式の買い増しができなかったことに対する損害賠償を求めているものではないので、ここでは、厳格な意味において本件自粛措置の違法性判断を行うものではない。)。

三  しかしながら、原告が被告らに求める本件損害賠償請求は、本件売却によって被った損害(本件売却時と平成元年四月もしくは平成二年五月三一日の市場価格との差額)についてであるから、右請求を認容できるのは、本件自粛措置と本件売却との間に相当因果関係が認められる場合に限られるので、以下、右因果関係の存否について検討する。

1  この点、原告は、本件自粛措置後は、原告代表者らによる王子製紙株式の買い増しは実質上不可能となり、また、市場での王子製紙株式の取引はほとんどなくなったため、同株式の市場価格の上昇は期待できない状況にあった等と、本件売却は、本件自粛措置の結果「余儀なくされた」ものである旨を主張する。

しかし、他方で、原告は、原告代表者らが王子製紙株式に着目したのは、同株式が代表的な含み資産株であったからである旨を主張しており、購入動機に関する原告の右主張が真実だとすれば、本件自粛措置後の買い増しの可能性いかんに関わらず、同株式の魅力に大きな変動があるものとは思われない。逆に言えば、そもそも、買い増しの可否(発行済株式総数における保有株式の割合)を重視する原告の論は、原告代表者らにおいて、大量買い付けによる市場価格操作の目的ないしは発行会社に対する買い取り強要の目的を有する場合でなければ、理解することができないものと言え、原告の主張自体が内部的に矛盾しているのではないかとの指摘が可能である。

そして、原告提出にかかる甲第三三号証によれば、本件自粛措置後においても、王子製紙株式の市場価格は相当程度変動している事実(本件自粛措置終了直後の昭和五二年一一月一五日の同株式の終値は三八八円であるが、翌年一月五日には高値四二四円、終値四一五円まで値上がりしている。)を認めることができ、右事実が、「買い増しが実質上不可能」であり、「市場での王子製紙株式の取引がほとんどなくなった」旨の前記原告主張と相反するものであることは明白である。

2  また、原告は、本件売却は、被告証券会社らによる強迫ないし詐欺にも該当すべき違法な勧誘行為に基づくものであり、仮にそうでないとしても、商取引上許される限度を超えた違法な方法により、原告代表者らに不安を抱かせ、王子製紙株式に対する興味を喪失させることによって、売却を承諾させたものである旨をも主張する。

しかし、原告が、強迫・詐欺ないし取引通念を逸脱した違法な方法の具体的徴憑として摘示する文書(甲四一ないし四四)を検討するに、被告証券会社らに対抗すべき術を持たない一般の投資家であれば別論、国際的な投資事業家を自認する原告代表者らの経済力・情報収集能力等を考えれば、同文書が、同人らに対し、「恐怖心」を抱かせたり、「錯誤」をもたらしたりするような内容でないことは一見して明らかと言うべきである。

3  そのうえ、前記認定のとおり、本件売却における王子製紙株式の売却価額は、取得価額に金利分を加味した額として決定されたものであり、かつ、当日の市場価格を超えるものであったのであるから、特段の事情のない限り、原告にとって有利な価額で行われた取引、すなわち任意にして正当な取引であったと当然に推認されるところである。

更に言えば、真に、原告において本件売却に不満があったのであれば、右売却後一〇数年もの間、その不満を表面化させず、ようやく平成二年になって本件訴訟を提起したということになるが、その間に原告の訴訟提起を困難ならしめる特段の事情でもあれば格別、そのような事情が見受けられない本件においては、これは余りに不自然と言わざるを得ない。右のような状況からすれば、むしろ、原告代表者も、昭和五二年ないし昭和五三年の時点においては、本件自粛措置そのものに対する不満は残るものの、その後において被告証券会社らとの間で一種の和解として、不利でない価額で王子製紙株式を売却することによって、事態を収束させることに納得していたものと推認でき、本件訴訟提起は、平成元年に掲載された被告田中のインタビュー記事(前記一15)によって刺激され、本件自粛措置に対する憤懣が再燃したものに過ぎないと見るのが相当である。

4 以上によれば、本件自粛措置と本件売却行為との間に相当因果関係を認めることは、いかなる論理構成の下においても不可能と言うほかはないし、また、被告証券会社らの本件買付行為にも何ら詐欺もしくは強迫と観念できるような違法事実を認めることはできない。結局、原告による王子製紙株式売却は、原告代表者の任意かつ真意に基づいて行われた正当な取引行為であったと言うべきである。

5  なお、原告は、平成元年四月ないし平成二年五月末の時点における王子製紙株式の時価を基準とした損害額算定を行っているので、この点について付言する。

(一)  原告は、損害額の基準時について、

(1) 原告代表者らは、王子製紙株式が代表的な含み資産株であることに着目して、同株式を購入したものであって、右含み資産に着目した株価見直しの時期が来るまでは、右株式を保有し続けた。

(2) 被告らは、右原告の目的を知っており、当然に、原告が王子製紙株式を保有し続けるであろうことを予見できた。

(3) したがって、平成元年四月もしくは平成二年五月三一日現在の相場を損害額の基準とすることができる。

旨を主張する。

(二)  しかし、原告代表者らが王子製紙株式を購入した動機が原告主張のとおりであったとしても、そのことから、以後一〇数年もの長期にわたり右株式を保有し続けることを推認することは、現に、短期間の動向に左右されて本件売却を行った原告代表者らの行動から見て、経験則上、いかにも無理があると言わなければならない。更に、被告らにおいて右のような長期保有を予見できたとする論に至っては、到底採用することはできないものと言うべきである。

(三)  したがって、平成元年四月ないし平成二年五月末の株価を基準とする原告主張の損害論を採用することはできず、右の論に基づく損害の存在そのものを認容できないものと結論するのが相当である。

6  以上によれば、本件自粛措置と本件売却との間の相当因果関係を認めることができないうえ、原告主張の損害論は独自の見解に立つもので当裁判所として理解できないものと言わざるを得ないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないと言うべきである。(なお、原告は、更に、証拠調べを続行すべきである旨を主張して、当裁判所の訴訟指揮を論難するが、主張自体において請求に理由があると言えない以上、これ以上の証拠調べが不要であることは当然であるから、原告の右批判が失当であることは明らかである。)

四  よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官村田鋭治 裁判官早田尚貴)

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